Mint 56
エントランスにつくとすぐにリムジンへ促され
車中では
「その身なりはどうにかしていただきます」
それだけいうともうあたしは彼女の視界からは抹消されたかのようだった。
携帯を取り出し電話を始めると流暢な英語で話はじめ聞き惚れているとフランス語に変わる。
聞き耳をたてるつもりではないが他に聞こえてくるものがないから仕方ない。
「少しは会話がおわかりになったかしら」
「単語がいくつか程度です」
「話にならないわね」
「どうにかします」
そう言ってしまうのは、道明寺のお母さんもまた西田さんと同じようにあたしに次に言わせる言葉を導くのが上手いからの他なかった。
車は本社へ戻るのかと思ったが止まったところは見るからに高級ブランド店
「この娘に合うものを揃えて」
「あの」
「お黙りなさい」
将軍に言われては落ち武者は頭を下げるしかない。
この状況でどう足掻いたって倒せるはずがない。
次々に躰中のサイズが測られ並べられるたくさんの布地に
「これとこれとそれからあれと。似合いそうなものをすべてよ」
「あの」
勇気を持ってもう一度声を発すると
「道明寺として恥をかかない為です。あなたが笑われることはすなわち道明寺が笑われるということです」
あのしか言わずともあたしの心の中を理解していたようで
静かに頭を下げるあたしに
「外見はどうにかできても中身はあなた自身の問題です。自分で努力なさい」
「はい」
「邸に家庭教師を手配してあります」
「ヒーッ」
あたしの悲鳴さえ何でもないかのように次々と店を移動し
靴からバッグからまるでそれは動きこそしなやかだが椿お姉さんを思い出させた。
勢いの代わりに指先ひとつで人を動かした。
そしてまたもリムジンに乗ると本社へと戻ることもなく邸へと車は戻り
使用人さんが頷くのを確認すると颯爽と歩きだされたので小走りで後を追いかけた。
「邸の中で走るとは何事ですか」
「すみません」
将軍様に追いつくようにいつもよりずっと歩幅を広げて歩いた。
あいつの部屋の手前のドアを開け
「ここがあなたの部屋です」
「え?」
「荷物はもう運びました」
「え?」
「きちんと整理されていて運びだしがラクだったそうよ」
「あの…」
「勝手に部屋へ入ったのですから不本意であってもすべてそのまま持ってきてあります。不要なものは廃棄なさい。洗濯機などの電気製品だけは処分したそうよ」
「有難うございます」
部屋を出ていこうとしたお母さんは振り返ると一言
「司の部屋で暮らすならそうなさい。ここはあなたが1人になりたい時の為に用意したにすぎません」
淡々と話し冷たくもとれる語り方だったけれど
その中にある温かい思いやりをあたしは感じる事ができ
「本当に有難うございます」
お母さんの後ろ姿に深く頭をさげお礼の言葉を述べた。
部屋の中に入り片づけをするにも綺麗に整理されていて何もする事がない。
この大きく立派な邸に不似合なあたしの家具。
それでも捨てることなく運んでくれたのは、あたしの落ち着く居場所という事を考えてくれたのかもしれない。
言い方はいつもひどく冷たい。
だけどあたしが道明寺のお母さんという人の本質を知ることが出来ればあいつと同じようにその内側にある思いを感じることが出来るのかもしれない。
でもそれはひどく難しい。
優しさもわかる。
感謝の気持ちもある。
それでも子猫が敵と反応すると全身の毛を逆立てるようにあたしの身体は条件反射を起こす。
ソファーに座りぼんやりと考えるとそれも慣れなのかな。
小さく呟いた。
あたしだけじゃなく道明寺のお母さんだって溝鼠とまで言ったあたしを受け入れようとしているのだから相当な葛藤なんだろうと思う。
「やっぱり慣れだよね?」
道明寺のお母さんがいたからあいつがいる。
そして嫌でも何でも受け入れてくれたからあたしたちは一緒に進んでいくことが出来る。
将軍様と落ち武者の関係だけど
「倒したいでしょ?」とあたしに問いかけたのだから
あたしは少しでも将軍様に近づけるよう精進しなきゃいけないわけだ。
戦うには近づかなきゃいけないわけだ。
西洋風のこの家で何てアンバランスなあたしの発想。
ま…タマさんもいるしね。
どうにかなるでしょ。
長槍を持った姿を想像して思わず笑みがこぼれる。
それにほら、最近大人になった若様がいるからね。
そんな事を思うと1人部屋の中で大笑いだった。
ふとサイドテーブルの上を見ると何やらメモがありそれを何気なく手にとった。
その瞬間
「ウグッ」
今の状況じゃ落ち武者は潔く将軍様に首を差し出せと言わんばかり。
いやそうするしかないと思わず息をのんだ。
まさに有言実行
凄腕の手配師というべきか
「戦いを挑むなら身につけてからかかって来んかいッてわけ?」
乾いた笑いが零れてしまうほどのスケジュール。
宣言通りの家庭教師
芸は身を助けるとはいう。
確かにいう。
これもあたしが戦う為の鎧になり武器になるのであろう。
・・・とは思う。
思うが躰に不似合な鎧は逆に戦の邪魔じゃないかと思う。
まてまて
あたしは道明寺ホールディングスにも道明寺財閥にとっても不要以外の何ものでもないと言われた。
愚息とまで言われたあいつを助ける為に働けと言われた。
「どうせなら必要と言わせたいかも」
メラッと小さな闘志の炎
道明寺ホールディングスにはあたしに襲いかかろうと牙をむく敵がどのぐらいいるのだろう。
いやいや、この上流社会という世界にはあたしに対してだけじゃなくお互いがお互いを牽制しあい隙あらば引きずりおろそうとする世界なんだろう。
「やるっきゃない」
そうあたしに言わせるのは、やはりおば様の掌で動かされているからなんだと思う。
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楓さんがちょっといい人
残りあと4話
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