Mint 57
18時をまわるとあたしのスマホが鳴り響いた。
「おい、大丈夫か?邸だろ?」
このスマホに備わった機能であたしの居場所を掴むのは簡単なようだ。
「大丈夫も何も引っ越しまで完了してた」
「あ?」
「あっちに帰っても隣は空家だよ」
あ”?なんて怒った声を出したあとで気付いたように笑い出した。
道明寺はあたしがいた会社では帰宅が早い。
それは、みんなと同じフロアで仕事をしているからだ。
道明寺が仕事をしているとみんなも先に帰宅をする事に罪悪感を感じるようでいつまでも業務を続けようとするそうだ。
「定時で帰れるやつは帰って構わない」
何度か声をかけたそうだが
「そんなわけには」
そう言って仕事をしようとするそうだ。
「残業代が発生してまでする仕事じゃねぇなら帰るべきだろ?」
あいつから聞く言葉に驚きの連続だった。
でもその驚きがひとつふたつとあいつが大人になり経営者側の考えをきちんと身に着けている事を感じそれが頼もしく感じていたのも確か。
俺様が完全に消えたかといえばそれは無理なわけで、消えてしまったらやっぱり道明寺らしくもない。
「今から速攻そっちに帰っから」
「うん。待ってる」
今日は本社へ寄らなくていいのだろうか。
一瞬頭を過ったけれどあたしが口を出すところじゃないんだと思う。
帰りたいと言ってもダメであれば西田さんが帰さないだろう。
道明寺も昔と違って嫌でも何でも本社へ行くだろう。
だからきっと大丈夫。
嬉しくなってにやにやしてしまうのも仕方ない。
部屋を出てタマさんの部屋へ行き
「今日引っ越してきました」
「そうかい。決心ついたのかい」
「やるだけやってみる」
「それでこそつくしだよ」
その後は坊ちゃんもすぐにご帰宅だろ?とタマさんまでニヤニヤとして
お茶を飲みながら目があえば二人でにやにやと笑った。
タマさんの部屋のドアがノックされ
「牧野様、お坊ちゃまがご帰宅されました」
使用人さんに言われ慌ててタマさんの部屋を出てエントランスへ向かった。
ふて腐れたように壁際に寄りかかり
「てめぇはまた携帯を置いたままだな」
「だって邸の中だし」
出迎えて欲しかったんだなと思うと何だかどうしようもなく可笑しくて
「あははは。あははは。お帰り」
大笑いをするあたしにつられたように笑い
「ただいま」
ビシッとあいつの指先が鈍い音であたしの額に響いたって笑いが止まらず
痛いと額を撫でながら笑い続けるあたしに道明寺も笑い続け
二人の笑い声を響かせながら部屋へ向かった。
「ねぇねぇあたしの部屋はここ」
「は?」
ドアを開けて中を見せ荷物をすべて運んでくれた事を伝えた。
「お前ここを使うとか言わねぇよな?」
「え?使うよ」
「冗談じゃねぇぞ」
勢いよくドアを閉めるとあたしの腕をひき自分の部屋の中へと引っ張り込む。
「やっと一緒にいられるんだ。壁一枚でも俺は嫌だ」
あたしを抱きしめる腕が力強いのに優しくて
「あたしも嫌」
道明寺の身体に腕をまわした。
艶めかしい瞳を向けながらネクタイの結び目を緩め
「もう離さねぇから覚悟しとけよ」
「望むところよ」
小さく微笑みながらあたしたちは一緒の時というものを大事にしようと思った。
会社を出てからのおばさまの行動を話しては笑い
夕食の時間は二人で部屋まで誘いに向かった。
二人でいいとか面倒くさいと言いながらだるそうに歩いていたけれど
部屋のドアをノックして中から声が聞こえると
「こいつが一緒に飯を食おうって。嫌でも来いよ」
なんて酷い誘い方だろうと思う。
だけどそっとドアが開き道明寺のお母さんの姿が見えると
「仕方ありませんね。時間もない事ですしご一緒してさしあげるわ」
返された言葉もまた素直じゃなくて
あたしは何だか口元が緩んでしまった。
当然ながら和やかな食事の時間というより張りつめたものはあったけれど
あたしと道明寺が話すことを黙って聞きながらも何ひとつ口を出すこともなく
ダイニングを出られる時には、
「明日からのあなたの仕事ぶりを楽しみにしています」
そう言って静かに歩いていかれた。
「おい、待て。お前は俺のとこじゃねぇのか?」
「違う。あんたのお母さんのところだって」
「あ?」
「その方が仕事って気がしていいかも」
「冗談じゃねぇぞ」
「同じ会社じゃない。それにあたしは、あんたのお母さんの誘いにのったんだもん」
「辞令だろ」
「そうだけどあんたからじゃ請けなかったかもしれない」
あたしの言葉にチッと舌打ちをうったけれど
「いずれ取り返す」
引くことも覚えたのかと可笑しくなって
エライエライと頭を撫でるとまた舌打ちをしながらも
あたしたちは幸せな時の始まりを感じていた。
そして
「お前が歩けなくなったら俺は抱いてでもお前を連れて歩き続ける」
「あんたが歩けなくなったらあたしがあんたをおぶって歩き続ける」
目があって小さく吹き出しても
それがあたしたちの決意表明。
どんな言葉よりも真っ直ぐな愛を感じる。
必ずそうするであろうと疑う余地すらない。
だから唇が触れ合うと甘い愛を囁きあった後のようにあたしもあいつも蕩けていった。
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さぁつくしちゃんが本社で楓さんの元で働くことに
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