イチブラ 23
そして約束の日、閉店になると鏡の前でリップをつけなおす。
「今日会うのよね?」
締め切りが終わった後は美和子さんも帰宅が早い。
あたしにとっては恐ろしくも不都合な手筈もあるので、道明寺と会う時には美和子さんには伝えることになっている。
「今まで会いもしないってのが信じられないわ」
「会ってなかった10年近い年月を思えばその延長なだけで」
「それ、可愛くないよつくしちゃん」
「美和子、お前でも言いそうな言葉だと思ったぞ」
3人で笑いながら店を出て止まっていた道明寺の車に近づく
車のドアが開いて道明寺の躰が少し見えると
「降りたりするなって」
川本さんが大慌てで、
「いい時間過ごしておいで」
「そうよ。今、つくしちゃんの目にうつるものだけ見て楽しんで」
頭を下げると助手席に座り夜の帳の降りた街を車は走り出した。
「久しぶり過ぎるな」
「あたし達には慣れっこじゃない」
「まぁな」
話しをしても、この間あったときよりずっとあたしの警戒心も緊張もない。
店の話を伝えたり、新作のケーキが予想以上の美味しさだったとか泡だて器も機械を使わないので腕が太くなったとか。あたしがする話を時々フッと笑いながら道明寺は聞いていた。
「誰にも邪魔されたくねぇし、お前がまた変に警戒したり心配するから邸でいいよな」
「う…うん。懐かしい」
敷地内に入ると邸の庭はあの頃と何も変わらず美しいままだった。
「お帰りなさいませ」
使用人さんが道明寺を迎えたあとあたしを見て
「まぁ…お懐かしい…」
「牧野様」
それがあたしがいたっていう確かな思い出みたいに感じて嬉しかった。
ただ、タマさんの姿はもう見ることが出来なくてそこに時間の流れを感じた。
「タマは隠居して仕事はしてねぇけど、邸にはいるぞ。後で顔出してみろ。いやもう寝てるか」
「いるのがわかっただけで十分よ。またの機会にする」
嬉しくてそう答えた自分がやっぱりまたここに来る気があるんだとちょっと恥ずかしくなる。
だけど道明寺はすごく優しい顔であたしを見ていた。
ダイニングに入り席につくとすぐに料理が運ばれ
「相変わらず豪華な食事だこと」
「お前こそ相変わらず美味そうに食うよな。」
「そんなじっと見てないでよ」
「見るぐらいいいだろ」
こんな風に食事をするだけなのに、なかなか踏み出せなかった。
時間だけがないんじゃなくて、近づくことの怖さがあった。
忘れたはずの淋しさも道明寺といると全部思い出して苦しくなるから。
歪なままのあたしは、もう一度熱して溶かされたら落ち着くことが出来るのだろうか。
だんだん口数が少なくなったあたしに心配そうな顔を向けながらも無理に聞きだすことはしなかった。
やっぱり道明寺にも変わったところがあって、そうなってくれたことが嬉しくもあって淋しくもある。
「庭でも歩くか?」
遅い時間だからもう帰ると言えばいい。
だけど頷いたあたしは、また離れるのが怖いみたいに感じる。
誰にもわかってもらえないあたしだけの怖さ。
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いろんな意味で溶かして下さい
ジレジレでごめんなさい
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