06 従わないオトコ
ご協力有難うございます。
「彼が新しい執事の道明寺くんだ」
「お嬢様、はじめまして。道明寺司と申します」
お父様から紹介され挨拶を交わしたのは朝食の時だった。
幼いころからずっとそばにいてくれた上条は母親の看病のために屋敷を去った。
上条と離れる事など考えたこともなく両親よりもそばにいてくれたあたしにとっては家族同様の人だった。離れたくないと何度泣いたことだろう。
だが、あたしよりも何倍も上条の手を必要としている。それがわかるから一日も早い回復を願って涙ながらに見送った。
そしてあたしの目の前に現れたのがこの道明寺というオトコだ。
「彼はSPの経験もあるので外出の時もすべて彼にお願いしてある」
「はい」
返事はしたが、上条ほどあたしを理解してくれる人はいない。
だから大した期待などしていない。
それでも自分の一番近くにいる事になる人間との相性というものが大事だ。
何だか変わった髪型なのはパーマなんだろうか。目鼻立ちは恐ろしいほど整っていて、客観的にみたら、あたしが執事の方が似合いそうだ。身長も高い。挨拶の時に交わしたバリトンボイスはかなりの合格点。
「お嬢様、何か」
観察するように見ていたあたしに道明寺が尋ねた。
「い…いえな…何でもありません」
慌ててこたえたが、観察していた事がバレていた事が恥ずかしくみるみる顔が赤くなる。道明寺は食後の紅茶をテーブルの上に置きながらあたしのそばに来ると耳元で
「そんな眼差しで見つめられても、まったく興味がございませんので」
「え?」
道明寺から聞こえて来た言葉に思わず驚きの声が漏れた。
「どうしたつくし」
「な…何でもありません」
幻聴かと思った。
ゆっくりと視線を道明寺の方へ移動させると小馬鹿にしたような眼とぶつかる。
幻聴なんかじゃない。
あんたこそ何か勘違いしてるんじゃない?
大声で言ってやりたいと思うが両親の目の前だ。
そんな事を言えば何か悪いものがあたしに憑依したと祈祷師を呼びかねない。それは辛うじて我慢したとしてもあたしが壊れたと躾というものを一からやり直そうと躍起になるんじゃないかと思う。あの小煩い人たちに関わるのはもうたくさんだわ。
もっと最悪な結果としたらお父様は白目をむき、お母さまは叫び声をあげて倒れてしまう事だろう。
あたしは本当にこの家の娘なんだろうかと何度疑ったかわからない。
まるでアニメで見た少女のようにアルプスの山の中で暮らしていた方が性に合っていると思う。この環境が違和感でしかないあたしを上条は重々理解していたから、お嬢様スイッチのオンとオフの付け方を上手に教えてくれてオフの時にはそれこそ自由に振る舞わせてくれた。
「お嬢様を置いていく事が何よりも心配でございます」
これは、両親が感じていた上条からの想いよりも実にもっと深い苦悩の言葉だ。
「先に部屋へ戻ります」
口をつけただけのティーカップをソーサーへと戻すと先に席を立ち自室へと戻った。
自分の部屋のベッドへ思い切りダイブすると上条が恋しくなる。
幼い頃、息苦しさから部屋に閉じこもり泣いていると
「右手と左手とどちらがよろしいですか?」
上条の優しい声までもが大丈夫だとあたしの頭を撫でてくれるようだった。
右にも左にもどちらにだってキャンディーが入っているのに必ず当りと手を叩きあたしを喜ばせ何でもないその一粒のキャンディーの甘さが笑顔を戻した。パチパチと口の中で弾けるのを食べた時は、上条と二人で驚いて目をまるくしてその後で部屋中に響く声で大笑いしたな。
さすがに大きくなったあたしにそんな真似はしなくなったけれど優しさは変わらなかった。
「上条も歳とったよなぁ」
思い出す姿は若いのに、別れの日の上条には白髪もちらほら見えていた。
懐かしさを感じていると部屋をノックする音が聴こえた。
トントン
「お嬢様」
繰り返しあたしの応答を待つ道明寺の声。
「1人でいたいの。入らないで」
トントン
「お嬢様、ドアを開けますよ」
「入らないで」
あたしの返事など不要であったかのようにドアが開く。ベッドに寝そべっていたので慌てて起き上がり
「入らないでって言ったわよね」
「開けますとお断りいたしました」
ほんとに気に入らない。ほんとにほんとにどうしようもないぐらいこの男がイヤ。
あたしの不快そうな態度は道明寺にも伝わっているはずなのにそれすら無視するように自分の用事を告げる。
「読書の時間でございます」
「パス」
「では、そのようにご主人様へ「ま…待ってよ」」
慌てて腕を掴み道明寺を止めた。
「お前、相当な猫かぶりだな」
「お前って…あんたあたしの執事よね?」
「クッ…俺を従わせたきゃ俺に従えよ」
「な…何よそれ」
一体どれほどの時間をバカみたいに睨みあっていたのだろうか。
あたしも相当な意地っ張りだがこいつはそれ以上じゃないだろうか。
負け地と力を入れ過ぎた目と気張り過ぎた身体のせいで頭がクラクラしてきた。
フラッ
視界が揺れた瞬間、あたしは道明寺に抱き留められた。そのまま静かにベッドの上へとあたしを降ろすと
「今日は、私が代わりに朗読してさしあげます」
そう言って机の上に置いてある本を手に取るとベッドサイドに椅子を運びあたしよりもずっと優雅な手つきで表紙を捲った。
1/3は理解不能なあたしに流暢なフランス語で道明寺は朗読を続ける。
そのバリトンの心地よさに瞼は自然と落ち始める。こいつの声だけはいいな。内容など理解しようと思っていないあたしは、ただその声だけを堪能した。だが
「おい、人に読ませて寝ようとしてんのか」
一気に台無しにするのもこのオトコ。
「いいから続けて」
「お前の命令は聞かねぇよ」
「主に従うのが執事でしょ」
「お前は頭悪いのか。さっき言っただろ?俺を従わせたきゃ俺に従え」
上条…上条に逢いたいよ。
執事ってこんなものなの?上条が優し過ぎたってこと?
気づけばへなっちょろの身体を鍛えろとランニングマシーンで走らされ肉体改造でもされるかと不安になるほど腹筋を繰り返す。
横で同じようにトレーニングする道明寺は軽々とこなしそれが何か腹立たしくて相当にムキになったと思う。
疲れすぎて夕食さえ食べたくない。
幸いにもお父様とお母さまはどこかのパーティーへと出かけて不在。
サラダと軽いものだけをつまむとすぐにベッドへと潜り込んだ。
当然、道明寺には「寝ます」と告げた。
これ以降あたしの部屋に入るなという事が含まれるのだが、これだけは唯一、一発通過で道明寺は頷いた。
たったこれだけの事が嬉しく感じるよ。
瞼を閉じればすぐに深い眠りへと誘われた。
「お嬢様、お目覚めの時間でございます」
枕元に立つオトコは礼儀正しい執事。
「すぐに身支度をなさって下さい。私はお茶を入れてまいります」
綺麗に礼をすると静かに部屋を出て行った。
なんだ…夢か…
あまりにハデな妄想じみた夢に1人ベッドの中で大笑いをした。
~Fin
*************
司くん、私も起こして下さい
ほら私もってたくさん手が挙がってる
これもシリーズで短編続けたいと思います
応援エネルギーお願いしますッ♪
この際なのでいろんな司くんやF3を楽しんで下さい^^
何もかも自転車操業ですがノリノリ*ririko*継続中です。あと94話
- 関連記事
-
- 14 従わないオトコ
- 10 従わないオトコ
- 06 従わないオトコ