幸せのセオリー 45
会釈をしてみなさんを見送ると
「お身体ご自愛くださいね」
「楽しみに待っていますよ」
かけられる声にあたしも微笑んだ。だけど次の瞬間に
「待ってるって子どもであってあたしがお稽古に来るってことじゃないよね?」
慌てて西門さんに聞くと思いっきり吹き出して
「どっちにしろ当分そんな余裕ねぇだろ」
「そ……そうよね?仕方ないのよ。余裕がないんだから」
お腹の牧野は、またあたしに幸せを届けた。
「しかしお前は相変わらずだな」
西門さんが盛大な溜息をついた。
「しかも立ち話でするような話題じゃない」
クレアも緊張したのか両手で頬をおさえて溜息を零す。
「かっこいいよ」
「そうよね?っていうか道明寺には黙ってて」
両手を合わせてお願いするとそれは恰好が悪いと笑われた。
「家元も聞いてたはずだ」
「あぁ……謝りにいかなきゃ」
「いや、行かない方がいい。たぶん今お前と顔を合わせたくねぇだろうな」
「そんなに怒ってる?」
「怒ってるっていうか、反省してんじゃね?」
「あたしのこの口ってもうちょっと別の言い方が出来ないものかしらね」
今度はあたしが大きなため息をついた。
洋室へ入ると今更ながら何にしにきたと笑われたが話し合われた事柄について教えてくれた。
「俺は、次期家元を賢三に譲る」
「淋しくない?」
「淋しいというか肩の荷が下りたような気もするし、俺は今まで何をやってきてたんだろうかって気もする。あ、言っとくけど後悔はねぇよ」
確かにそうだ。あたしが知り合った頃から西門さんは次期家元と呼ばれる人だった。それが急になくなったわけで脱力感のような喪失感のようなそんなものはあるだろう。
「あいつらが作ってくれた資料も役にたったっていうか」
「きっとね、なくてもわかったのよ」
「それでもみんな自分たちを納得させる材料が必要だったと思うから」
西門さんは、西門流の人間としてNYへと向かう。そこで茶道をメインというわけではないが日本の伝統文化を伝える役割を担った。
クレアもまた、日本とアメリカの橋渡しという重要な役割を担ったことになる。伝統文化というのは商売や金儲けとは違う。趣味としてのお茶、いわゆる嗜む程度という人が圧倒的に多い。嗜む程度であればなおさらそれなりの人数の確保が必要なわけで世界中に日本の「茶道」を伝えられたらいいと思う。それこそ一期一会という素晴らしい言葉も世界中の人の心の中に浸透していくことを願わずにはいられない。
「ありがとうな」
西門さんが賢三くんに声をかけた。するとクレアが西門さんの手をもち
「感謝は握手で伝えなきゃ」
吹き出しながら賢三くんはその手を握り
「一生の貸しだから」
そういったあと笑いながら茶室へと向かったのは今一度自分の気を引き締めるためのようだ。若い後継者はこうして再び生まれ精進しながら育っていく。
「家元たちと相談してから、クレアとNYへ行ってくる」
「再就職先?」
「お前、そういうと俺、失業者みてぇじゃねぇか」
「次期家元からの失業者って?結婚どころじゃないね」
「大丈夫。あたしが養う」
「冗談じゃねぇぞっていうかクレアも無職だろ」
軽口をたたきながら笑い合うこの瞬間もまた西門さんとクレアには忘れられない日になったことを感じる。だがNYへと向かうが今度はレノン家との話し合いがもたれるわけで、何もかもが解決とはまだいえないのが気の毒だ。
レノン家の人たちが西門さんとクレアに対して無理難題を言うとは考えにくい。だがレノン社の後継者の椅子にそうやすやすと座らせることはないだろう。
「道明寺さん、赤ちゃん出来てから凄い勢いで業績伸ばしてるでしょ。冗談じゃなくほんとにあと数年でレノン社は抜かれるわ」
「そうなの?業績伸ばしてるんだ」
「確認してないの?」
「しないよ。仕事の話なんかしたことない」
平然とこう言ってしまうあたしと、離れていてもレノン社やその他の企業のことを見ているクレアはそれこそ学び経験し身に着けてきたものに大きな差がある。
「せっかく外に出たからコンビニスイーツ買って帰ろう」
「おでんっていうの買ってみたいの。でもレジの前だから緊張して」
それでも普段のあたしたちに大きな差はないことに、何でだか嬉しさを感じた。
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ハロワに通う総二郎の
ハロワラブとか
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