幸せのセオリー 46
邸に戻ると用意していたであろうクレアのボイスレコーダーを借りた。結果として○なのだが、道明寺に説明するための予習だ。気にも留めない様子で出かけていったが内心は気になってはいるだろう。
レコーダーから流れる会話を聞きながら結果しかしらないというのは、何と幸せだろうと思う。
途中で雲行きの怪しさを感じたからだ。それを落ち着いた口調で説明する西門さんは、あたしの知らない西門さんだった。
そもそもあたしに対して理解を求めるよう真面目に話してきたことはないように思う。言ってもわからないだろうとでも思っているのか
「司に説明してもらえ」とか「難しいこと考えるな」と完全に放棄だ。それに大概は揶揄う事が多くこうして話続ける西門さんは記憶になかった。
「大人じゃん」
一度ぐらい真面目に講演とか聞いておけばよかったかも。そう思うぐらい大人の西門総二郎の存在を感じた。そして家元は、まるで不祥事を詫びるように一度ならず二度までも継承者の変更がある事態を詫びていた。
だけどその中で、西門さんの選んだ相手については共に継承していく事が出来ない事が何とも歯がゆく残念でもあると言った。人種差別というわけでなくともどれほど素晴らしいお嬢さんであっても伝統という中に迎え入れる事が出来ないことをはっきりとクレアに伝えているようだ。どれほど茶道に向かう姿勢が真摯な態度であったか、勤勉で努力をしていたかを出席していた人たちに思い出させるように語られクレアという人を否定するような言葉は一言も出なかった。逆にアメリカ人であるクレアが、異文化である茶道に関心を持ちしきたりや作法を大切にしている姿に感謝の言葉すら述べていた。
クレアもまた、携われば携わるほど守らなければならな伝統文化である事を感じ自分の存在がひどく悪いものに感じたと伝えている。それでもどういう結果が訪れても茶道を学び続けていきたいと言ったあとでこれからのビジョンについて自分の考えを伝えていた。当然ながら途中で西門さんの通訳が入ったが全て日本語でと思っていると自分の伝えたいことを言い切れなかっただろう。
やっぱり綺麗な発音だわと思うあたしは結果を知っているから悠長だった。
『茶道と共に生きてきた。そしてこれからも西門流の人間として携わっていきたい』という西門さんの言葉が聞こえたときには、あたしなら絶対に言わないと思うからこそどれほどの想いかということを感じて胸が熱くなった。
『幸いにも家元も引退する年齢にはほど遠く私が学ばせていただく時間は豊富にあります。西門流と私にお力添えとご理解をいただける事を願います』
賢三くんの言葉にはあたしは拍手喝采だった。
ひとつひとつもの事の方向が見えてくる。西門さんが次期家元という立場を離れたことが正解だとも言い切れないだろう。家元として茶道を継承していく人であったことは間違いなく『たられば』で思い起こし語る出来事が真に求める事へと続く道でありその先に幸せな結末があることを願わずにはいられない。
西門さんが次期家元をおりたという話題よりも次期家元として賢三くんが襲名したことの方をメディアは取り上げてほしいと思う。だが人々はドラマチックな出来事を求める。渦中の当事者が大変な思いをすればするほど人々は関心を示し楽しむ。西門さんとクレアというロミオとジュリエットは共に生きる選択をしたわけだ。西門流ということも決して立場を降りたことが仮死状態なわけではなく、新しい使命を担いながら生き続けるわけだ。
あれこれ考えているとレノンさんが言うであろうことのひとつが見えてきた。それはあたしの知るレノンさんの生き方でおそらく間違いはないだろう。
「一人暮らしとかできるのかな」
「自分の働いた収入だけで生活とか当然なことなのにきっと難しいんだろうな」
どうしても生活の質は落ちるだろう。
人は当然のようにあったものを失った生活の方が得た先にある生活よりも辛いものだ。
「あたしは堅苦しい生活で西門さんは生活に苦しいって?」
間違ってもあたしがしてきた極貧生活ということは有り得ないがボンビー食のメニューでも教えた方がいいかといらぬ心配をしたが、「あたし何かすぐにお金持ちになりそう」ついこの間クレアが言った言葉を思い出す。何をいまさらではなく、彼女自身が必要最低限のものしか購入することがない。そもそも西門さんとのデートの時に自分で支払う習慣のついていることから口論がおきてしまうぐらいで
「もっと安いとこ行こうよ」
そう口にするクレアに、言われるたびに牧野を思い出すと西門さんに言われた。
「ひと月のお小遣いは3万円にしたの。あの頃よりかなりの贅沢よね」
使った金額を家計簿のように記し
「衣食住のほとんどを支払わずに生活しているからちょっとお小遣い多いか」
さらなる減額を試みているクレアを西門さんのために止めたぐらいだ。
きっとこの節約生活を楽しむクレアがそばにいるのだから西門さんの生活も飛び切りの笑顔とともに一変させられていくだろう。そこにあるのは悲壮感ではなく期間限定の庶民生活を味わいながら次のステージに向けて挑む姿のように思えた。
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庶民的な生活を強いられても
心は満たされた状態かも。
それが総ちゃんが自ら望んだ欲しいものだもんねぇ
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